東京高等裁判所 昭和35年(う)1458号 判決
被告人 浅野茂久
〔抄 録〕
所論は、被告人の運転する自動車と被害者の自転車とが擦違う際被告人は右両車接触の虞がないことを確認したうえ進行を続けたものであり、両者は安全に擦違つたのであつて、本件事故は、右両車体がたがいに離れる間際に、被害者の自転車を追越すためその西側を進行して来たスクーターが自転車に衝突してこれを東側に倒し、被害者が頭部を自動車の方に向けて路上に倒れたため、その頭部を被告人の自動車の後輪が轢いたものであつて、被告人にとつては不可抗力であり、被告人に注意義務違反はない。然るに原判決がこれありとしたのは事実の誤認であると主張するのである。
よつて案ずるに、司法警察員作成の実況見分調書、原審並びに当審における各検証調書、原審証人原実男の尋問調書、被告人の司法警察員、検察官に対する各供述調書並びに原審及び当審の各公判廷における供述を総合すれば、被告人は、原判示普通乗合自動車を運転して浜松市内の姫街道を北から南へ向け時速約三〇粁で進行し同市亀山町一三番地の二先へ差しかかつた際、数台の自転車がかたまつて該道路の西側を南から北に向け対面進行して来るのを前方約一〇米の箇所に発見したのであるが、同所は歩車道の別があり車道の幅員約七、三米の狭い道路で、折柄バス、自転車等の通行頻繁を極めており、右数台の自転車の内鈴木秀勝の操縦する自転車は道路の中央寄りすなわち被告人の自動車に最も近い線を進んで来たものであり、又その後方からは一台のスクーターが高速度で自転車の間を縫うように疾走して来て鈴木の自転車を追越しそうな様子であり、鈴木は右スクーターとの接触を警戒するためこれに気を取られ後を振り向いたり横を向いたりして自己の自転車のハンドルの操縦が正常を欠き車体が左右に揺れている状況であつたことが認められるのであつて、右のように鈴木の自転車が安定を失い動揺して道路中央寄りを進行して来た場合被告人の運転する自動車と接触する虞があつたものと認むべきであり、自動車運転者としては右自転車との接触を避けるため細心の注意を払い最善の努力を尽さなければならないことはいうまでもないところであつて、単に自己の運転する自動車の運転台の部位と自転車とが擦違う時まででなく自動車々体全部が自転車と完全に擦違い終るに至るまで接触が起らないように注意を怠つてはならないことは固より当然である。しかして前記のような状況の下に鈴木の自転車との擦違いに入らうとするに当つては、自動車運転者としては、自転車の進行状態に対し注視を続け、自転車との間隔をできるだけとり、接触の危険があればいつでも急停車できるように徐行し又場合によつては急停車をする等事故の発生を未然に防止すべき万全の措置を講ずべき業務上の注意義務があるものといわなければならない。ところが、前掲各証拠を総合すれば、被告人は、前記のように鈴木の自転車並びにその後方より進行して来るスクーターを発見直後右自転車との擦違いに入らうとするに当り、自己の運転する自動車の左(東)側にも同方向に進む自転車があつたため、同方向にもつぱら注意を集中し、鈴木の自転車と擦違う右(西)側に対する注視を怠り、無事擦違いを完了し得るものと軽信し、徐行又は急停車の措置をとらず、鈴木の自転車との間隔に顧慮することなく、これに近接したままで且つその速度も時速約三〇粁のまま自動車の右端が道路の中央線よりも右側に張り出し車道の西端より約三、三米の線附近に在る状態で漫然進行を続けたため、自動車の運転台の部位と鈴木の自転車とは事無く擦違つたものの、その直後自動車々体の右側略々中央部附近と、前記スクーターにその左側を高速度で追越されたため東側によろめいて方向を変えた鈴木の自転車の左ハンドルとを接触せしめた結果鈴木を道路上に転倒させ、同人の頭部を被告人の自動車の右後車輪で轢過し、因つて原判示のように同人を死亡するに至らしめた事実を認めることができる。所論のスクーターが追越す際被害者鈴木の自転車に衝突してこれを倒した事実はこれを認めるに足る証拠は存在しない。しかして、以上認定の事実によれば本件事故は被告人の業務上の注意義務の懈怠により生じたものといわなければならないのであつて、不可抗力なりとする所論は採用し難い。原判決がその事実の判示において被告人は自己の自動車右後方へ被害者の自転車を打当てて同人を道路上へ転倒させた旨摘示している点はその措辞やや適切を欠く憾みがないではないが、その趣旨とするところは前説示と同様であるというべく、結局原判示事実は原判決挙示の証拠によりすべてこれを認めることができ原判決には所論のような事実誤認の廉はないから論旨は理由がない。
(長谷川 白河 関)